第11回 キャンプ場の人事

皆さんこんにちは。日に日に暖かくなり、3月はいよいよキャンプのシーズンインですね。お客様が増加してくる時期は自然とキャンプ場もスタッフも活気が出ますので嬉しい限りです。

キャンプ場の最繁忙期は7~8月ですが、個人的に忙しいのは稼働が落ち着いた10月~2月。上半期が終わりじっくりと検証を重ねながら次年度の計画を立案します。春までに計画策定が終了し、ただただ行動するだけのシーズン中は精神的には意外と気楽なものです。

そしてせっかくの立案した計画を高いレベルで遂行していくには、必ず「チームの力」が必要となります。またチームには「優れたリーダー」が必要不可欠、というのはいうまでもありません。チームビルディングと人事、今回はそんな話です。

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キャッシュの源泉について考える

突然ですが、経営に必要な要素は昔からヒト・モノ・カネとよく言われます。そのなかで「一番重要なのは」と訊かれたら皆さんは何と答えるでしょうか。

「カネ」があれば何でも出来るし財務上の健全さもありますが、いくら積み上げたところでキャッシュを生むことはできません(dead capital)。設備、土地といった「モノ」も資産ではありますが、人の力無しで勝手に営業をすることはできず、それ単体でキャッシュを生むことはできません。もちろん新サービスの開発などもコンピューターや重機が勝手にしているわけではありません。

どんなに素晴らしい資産を保有していても、人の手がないとキャッシュを生めないのです。つまりファイナンス(資金の調達と運用)上、キャッシュの源泉は「ヒトありき」ということになり、本当の意味でキャッシュを生むのは、「ヒト」という資産のみということを、皆さんはまず始めにしっかりと意識しなければなりません。

■会計上の投資効率と知的資本の蓄積

そして人はキャッシュフローを生む大事な資産であるから、それに対する採用・教育という投資は当然効率が高くなります。同じ投資でも、「設備投資」をした場合、貸借対照表上では「現金という流動資産」が「設備という固定資産」に振り替えられるだけなので節税効果はありません。また設備は老朽化やコモディティ化をするので追加投資が必要となります。

一方、人に投資をした場合は、貸借対照表上の資産として計上されず「費用」として「損金扱い」され節税効果が見込めることにもなります。会計上でも教育投資の効率が非常に良いということがいえるでしょう。さらに得られた知識やスキルなどは老朽化もしませんし、やがて体系化され会社の「知的資本」として蓄積され、次なるキャッシュの源泉となり得るのです。

しかしながらいくら人への投資効率が良いとはいえ、教育で得た知識やスキルを生かせないスタッフに研修を受けさせてもキャッシュは増やせません。また、人材が辞めてしまうことも大きな損失です。それゆえにヒトの問題(人事)というのは、企業の大小や業界を問わずいつの世も経営者を苦しませ、悩ませるものです。

■キャンプ場の就業環境

実際、キャンプ場は少人数運営であることがほとんどです。そのため多くの場合にマルチスキルを求められ、一般サービス業よりも高いスキルが必要な業種です。さらに天候不順や災害時には臨機応変なサービスも求められ、スタッフには高い負荷がかかります。

半面、他業種に比べ給与水準は低く、福利厚生も劣ることが多いです。要因はこれまでも考察してきた通り、キャンプ場の稼働が低く低廉な利用価格の為生産性が著しく低く、お客さまからの対価をスタッフに還元できないことが要因と考えるからです。

■求人の現状

そんなキャンプ場の求人に普通、良い人材は集まらないことが多いです。給与水準は低いままに、近年のブームによってキャンプ場で働きたい人は多くなっていると感じます。それはそれで良いことなのですが、個人的にはアウトドア経験や情熱人材の採用には注意が必要と考えています。

意欲が高い=仕事ができるとは限らないし、応募者は昔も今も「癒すより癒されたい方」や「理想が高く柔軟性に難のある方」が多いように見受けられるからです。特に自己実現(満足)のためにキャンプ場で働く人は、時間をかけて教えても決して能力を開花させず、いずれどこかに安息を求めまたは理想を求め去っていってしまうのです。

私も10年で100人超の面接をしてきましたし数百人の業界人とも接してきましたが、活躍している人材はどんな業種でも成功するであろう、社会人として一人前の方々です。また活躍している人材に共通していることは、社会の為に自身の仕事を位置づけられるビジネスマン・経営人ということです。

■採用で優秀なチームをつくる

入社して同じ体験をしても、人によって成長の度合いは違います。採用する側は、少しでも良い労働条件を提示し、見込みの良い人材を確保するべきです。ここでいう労働条件とは給与や福利厚生だけに留まらず、就業規則、賃金規定、評価制度などの整備も含みます。さらにいうならば、できるだけ季節労働者を削減し通年雇用を実現することで応募者のレベルは上がっていきます。

追い風の今なら良い条件でなくても、採用時に必ず適性検査などの客観的評価を利用することで良い人材を迎え入れることができます。これなら現在の能力が低くても将来の人材を安価に見つけることが可能です。

大企業がコストをかけて採用活動をするのには、それが投資として極めて重要な意義があると知っているからです。そして、採用活動で適性検査という篩(ふるい)を使わない大企業はありません。少数精鋭のキャンプ場運営だからこそ、本当はもっともっと採用に拘らなければならないし、追い風の今だからこそ、これまで使ったことのない篩を使うチャンスなのです。採用への拘りはレベルアップに必要な初期投資と心得ることで、今後の売上利益の拡大に繋がっていくのではないかとおもいます。

■適性

管理者は適性検査を活用し、チーム全員の適性を把握すると生産性が高くなる可能性があります。活躍できる適性は組織風土によって違うので、一概にいうことはできませんが、検査によって自社で活躍している人材の傾向を掴むことは可能です。そして欲しい人材を採用できるようになれば自ずとチーム力は増していくことに繋がっていきます。

被験者にとっては検査に賛否があるかもれませんが、成長意欲の高い個人が活躍する風土創りをすることが出来るようになれば、組織にとって決してマイナスになることはありません。

また、世に適性検査は10数ありますが、多くは個人の思考タイプを下記のような4つの分類に大別します。そしてキャンプ場の現状と合わせて考察してみます。

●経営(ストラテジスト・ゼネラリスト)適性。肉食系。冷静に判断しながら行動もできるタイプ。管理職や経営者向き。キャンプ業界には少数派。いた場合、大概著名なキャンプ場の経営者か役職者、複数ビジネスをしている企業幹部、または異業種からの参入者。人によっては、生産性を数倍に跳ね上げることができる。

●営業(開拓ハンター)適正。肉食系。情熱・感覚的に物事を捉え、即行動に移すタイプ。営業向き。キャンプ場では名物管理人として認知される場合がある。キャンプ大好き!なことは実はあまりなく、どんな商材でも販売する力を有し、人を巻き込み売上を創出する。半面、経営は苦手で時に暴走することも。施設やコンセプトより個人が前に出がち。場合によっては演者として最適解か。

●分析(アナリスト)適性。草食系。物事を客観的に捉え、ガツガツしないタイプ。企画や管理向き。特定分野で何らかのスキルを習得していることが多い。コスト削減や現状維持に貢献。客観性もあり真面目で無難だが、突破力には欠け行動するまでが遅い。変革・開拓を伴う攻撃的な職務は苦手。

●作業(ファーマー)適性。草食系。受容的で情緒豊か、時に夢想的。協調性があり周囲から好かれるタイプ。自分で考えるより人から指示されることを好む。キャンプ場の求人はファーマーが多いがこのタイプは非正規雇用で賄うと良い。

個人的な見解ですが、キャンプは似たような思考タイプが集まる傾向が非常に強い業界です。ファーマー6割、アナリスト3.5割、ハンター0.4割、ゼネラリスト0.1割です。仮想のゲーム世界では、皆がパラメーターにこだわって異なるジョブのチームを編成し、遠い町に行き強いボスを倒すことを目標に頑張ります。現実の世界でも大体の企業はそれをやるのに、キャンプ業界はやらない。だから似た人が集まりずっと同じ町にいる感じがします。

何度も言いますが、アウトドア経験や情熱は適性ではありませんし、特に重視する必要はありません。そうしないと同じような人ばかりが集まって組織が活性化しなくなってしまうからです。知識・経験は後学で充分。それよりも適性検査と合わせて、一般的なビジネススキルを有する人材やマネジメント・営業・飲食・宿泊業・接客業・IT企業の経験者を採用し、多様なチームを組んでいくと良いと思います。

■人材の育成・評価

前提として人材のレベルアップを計るには季節労働者ではなく、通年雇用を実現しなければなりません。それにはまず、優先的に客単価を下げてでも稼働率を向上させることを第一に考えると良いでしょう。

また縁あって既に同舟にある人材は、家族と同じです。出来る限りの愛情を注いでフォローをしていくと良いと思います。そして機会は平等に与え、成果には対価で差をつけ、明確な評価基準とセットで公平性を担保し運用していきましょう。

ちなみにケニーズで運用している教育制度は下記のようになります。

  • 定期フォローアップ(新人、月1回、FUシートを基にした面談)
  • 適性検査のフィードバック
  • 研修・セミナーの活用(公益法人埼玉県産業振興公社や日本オートキャンプ協会など)
  • ビジネスネットワークへの加入(埼玉ニュービジネス協議会・P2Pリーダーシップネットワーク)
  • 中小企業診断士の指導(経営指南・助成金活用)
  • 銀行、商工会議所の活用

賃金の設定については、厚生労働省が公開する「中小企業の賃金・退職金事情」で確認し相場よりもチョット良い待遇が出せるよう、生涯賃金から逆算して賃金シートを作成すると良いでしょう。賃金シートにはベースアップ、定期昇給率、賞与、退職金、役職手当などの基準を検討しプリセットして作成すると良いと思います。非正規雇用については最低賃金(時給)の3%~5%レイズから求職者の質が劇的に向上し始めるので試してみてください。

また評価について、大企業のような細かい評価度は小規模キャンプ場には運用が難しいので、大まかで構いません。ですが評価のフィードバックを怠らず、課題実現率などを基に、双方が納得できるような評価に努めなければなりません。働いてくれる従業員に納得がないと、離職率が高まり投資効率が格段に減少しますので特に注意が必要です。

賃金シートの例

役職手当の例

■キャンプ場の人件費率

売上高に対してどれだけ人件費をかけているのかの割合を表します。第5回のコラム「収益性の分析1」の内容と重複しますが、キャンプ場の人件費率は収集できません。ですが他業種の人件費率を参考にキャンプ場の人件費率は50-70%と類推した場合、あなたのキャンプ場の人件費率は平均値に比べ適性といえるのでしょうか。適正でない場合、以下のような現象が発出するので注意深く観察が必要です。

コロナ禍前の業種別平均人件費率の目安

【人件費率が高い場合】

給与が高い結果として人件費率が高い場合、従業員の満足度や士気が高い状態で維持されているため、将来的に会社が成長して収益が増える可能性があります。十分な給与が支払われることで離職率がさがり人材流出を防止します。

ただし、人件費率が高い状態が続くと、例えば設備投資が疎かになり、生産性の低下を招き顧客満足度が低下する可能性があります。

また、人件費の削減で人件費率を改善しようとした場合、従業員の反発を招くこともあるので注意が必要です。できれば業務効率化を進め、高売りをするなどの対策によって相対的に人件費率を引き下げていくのが良いと考えます。

【人件費率が低い場合】

少ない人件費で多くの付加価値を生み出しているのであれば、収益性が高いことになります。しかし、人件費に十分な額が配分されていない場合は、従業員の士気が低くて生産性が上がらず、離職者が増えて優秀な人材を失い企業が衰退することになりかねません。また低い給与では良い人材も集まりづらくイノベーションが起きづらい状況となり、負のスパイラルから脱却するのは極めて難しい状況に陥ることになりかねないでしょう。

このような事態を避けるためには人件費率を上げる必要があり、給与や賞与のアップ、研修制度や福利厚生の充実などを複合的に考えていく必要があります。また単に給与や賞与の金額を上げるだけでなく、業績連動型の給与制度や賞与制度を導入するのも1つの方法です。

人件費率は、そもそもキャンプ業界のデータが無く非常に難しい問題ともいえます。ですからここでは人件費率のあるべき姿として、まずは「経営者の志向に合わせて、自社の適正範囲で中期的にコントロールされている」ことを理想とし、定期観察を怠らないようにしていきたい、と結論付けておきます。

ケニーズの人件費率の推移

■偉大なるリーダー

1902年、八甲田山で遭難した第5聯隊は数日でほぼ全滅しましたが、南極で遭難したアーネスト・シャクルトン隊は約2年後に全員が生還しました。このことは優れたリーダーの力がどんなものかを教えてくれるでしょう。リーダーは、結果を変える大きな力を有しているのです。

採用や教育のもっとも重要なことの一つは、リーダーや幹部候補を発掘(採用)し育成することです。このことは既に見てきたように売上利益に直結し、事業の生死に直結します。だから企業は採用に拘るのです。

第1回のコラムでは、会社(組織)は資産ではなく知的資本の集積によって成り立つと述べました。知的資本を生み出して、「キャッシュの源泉」になるのは結局「ヒト」しかいないのです。キャンプ場は少数、ゆえに精鋭でなければならないからこそ、ヒトへの投資を惜しんではならないのです。

第1回時に提示した「知的資本の分類」

■次回、最終回

今回はここまで。
何とかここまで来ることができました。有難うございます。

これまで多くのデータを分析してキャンプ場の市場性・収益性について学んできました。
そして、未だ明らかにされていない茫漠然としたキャンプ場の経営について、標準化と課題・展望を模索してきました。いよいよラストです。

次回、顧客創造と業界の未来にて本コラムを終了させていただきます。 どうぞ宜しくお願いいたします。


執筆者紹介:
川口泰斗(鳥居観光株式会社 統括マネージャー)
埼玉県飯能市にあるケニーズ・ファミリー・ビレッジと古民家ファミリービレッジの両キャンプ場を運営する傍ら、飯能市のキャンプ場連合会の事務局長も務める。