キャンプ場での倒木事故を防ぐには?~自然地における樹木のリスク管理

キャンプ場での倒木事故を防ぐには?~自然地における樹木のリスク管理

◾️キャンプ場での倒木事故

今年のゴールデンウイーク直前、相模原市のキャンプ場で倒木がテントを直撃する死傷事故が起きました。この事故について記事を読んでいる方で知らない方はいらっしゃらないと思います。

私も仕事柄、普段から広くアンテナを張って倒木事故の報道をウォッチしているのですが、今回の事故はいつもの倒木事故とは様子が違っていたように思えます。事故に対するインターネット上の個人のブログやSNSでの反応が非常に大きいように見えたのです。その理由としては、一つは人が亡くなっているというインパクトももちろんありますが、キャンプ人口の増加によって単純にこの事故に関心を寄せた方々が多かったということがあるでしょう。また、この事故が一般の方々に大変な驚きをもって受け止められ、樹木管理やテント設営をする際の注意点などの豆知識とともにインターネット上で拡散していったことも重要な理由のように思えます。実際、この事故に関するテレビの取材でインタビューを受けていたキャンパーの多くはキャンプ場で倒木事故が起きるとは思いもしなかったと答えていました。

樹木の近くにテントを設営したくなる気持ちも十分に理解できます。大樹が落とす影は日中の暑さを凌ぐ場所を作ってくれますし、危険を発見できる「見晴らしのよさ」と身を守る「隠れ家」の性質を備えた環境を好むのが人間の本能だとしたジェイ・アップルトンの「プロスペクト・リフュージ理論」からしても、開けた場所にある大木の根元には人を惹き付ける魅力があるように思います。しかし、キャンプ場というある程度整備された環境とはいえ、自然を楽しむことを目的として一時でもその中に身を置くのであれば、自然が本来持っている危険性についても知っておく必要があります。川岸や中洲、はたまた崖や崖下では危険を感じてテント設営をしない方がほとんどだと思いますし、もし設営するのであれば細心の注意を払うはずです。それらと同様に、樹木のそばにも倒木や落枝、時として落雷などのリスクが存在することは気に留めておいてもらいたいと思います。

◾️倒木・落枝の原因となりうる樹木の異常

倒木・落枝事故が起こると、その原因となった樹木の状態に注目が集まります。今回の事故に関する報道も同様で、専門家でなければ倒木の原因となる樹木の異常に気付くことは難しいと伝えるニュース番組もありました。倒木・落枝の原因となりうる樹木の異常を参考までに表に示します。確かに幹の内部や地面の下の根の異常に関しては専門家でも気付けないこともあります。しかし、すべての異常がそういうものではなく、ある程度の予備知識を持って樹木を注意深く観察すると意外と簡単に見つけられる異常も多いということを知っておいていただきたいと思います。

今回の事故で倒れた樹木はどうだったでしょうか。報道されている画像や動画を見る限りは、完全に枯死していたようです。枯死は最大の異常といって良く、いつ倒れても不思議ではないと考えるべき状態です。新緑の時期に葉を全く付けていない樹木を見て枯れていると気付くのは専門家でなくとも難しいことではないはずです。

◾️倒木・落枝の原因となりうる樹木の異常

◾️樹木の管理者の責任と目指すべきリスク管理の在り方

今回の事故を受けて、キャンプ場の樹木に対して専門家による樹木点検を求める声もあるかもしれません。しかし、都市公園や街路でさえ、予算や人員の制約から樹木点検を実施できない自治体もたくさんあるくらいですから、キャンプ場管理者にそれを期待するのはあまり現実的とは思えません。

ここで、自然地での倒木・落枝事故において、樹木管理者がどこまで責任を負うのかについて考えてみましょう。過去の裁判例を分析した結果、自然地の樹木管理者の責任は、樹木の位置や人の立ち入りの多寡・頻度などの事故発生現場の状況・特徴、樹木の状態、事故当時の天候、過去の同種の事故の発生の有無などから判断されることが分かっています。自然地の樹木管理者の責任を考える場合、多くの方々が関心を寄せる樹木の状態は、実は当事者の予測性を判断するための一要素にすぎないのです。

このことから、自然地における樹木のリスク管理として最も重要なことは、樹木の異常に気付く専門的なテクニックよりも、樹木の位置関係や人の立ち入りの多寡・頻度からゾーニングを行い、どの場所でどのような管理・措置をするかをあらかじめ決めておくことであると考えられます。

管理棟、ショップ、BBQ場、各種のアクティビティ関連の施設などが集中している場所では、適切な研修を積んだスタッフがそれなりの時間をかけて個々の樹木を点検すべきですし、時として専門家の助けも借りた方が良いでしょう。それ以外の場所では、そこまでの点検は不要で、遠望から樹木群を観察して、枯死木や樹勢に顕著な異常のある樹木が確認できれば十分な場合も多いと思われます。また、キャンパーの立ち入りがないような場所であれば、立ち枯れた樹木をそのまま残しておいてもリスク管理上の問題はありません。樹木は枯死しても多様な野生生物に棲み処や食料を提供し、自然生態系の多様性に寄与しています。

こうした枯死木も含めて、樹木は日本の自然環境では欠かせない構成要素です。その自然を楽しむキャンプ場で、リスクがあるからといって大きな樹木を取り除いていてしまうような考えはナンセンスといえます。それぞれの状態や生育場所に応じた樹木のリスクの大きさを評価したうえで、管理者・スタッフが適切な措置を行い、またキャンパーが合理的な行動をすれば、樹木の存在は倒木リスクなどのデメリットよりもはるかに多くの恩恵をもたらしてくれます。キャンプ・アウトドア業界は、樹木のもつ利益とリスクに正面から向き合って行動し、また広く普及啓発活動にも取り組んでほしいと思います。

私が主催する協会では、これまで樹木のリスク管理に関する計画やマニュアルの策定、樹木点検の研修会の実施など、樹木管理者が倒木・落枝事故を防ぐための取り組みに対して様々な支援をしてきました。こうした取り組みによって、効果的な樹木のリスク管理を実現している事業者もいます。まずは樹木のリスク管理計画を作成し、スタッフの定期的な樹木点検研修を実施するところから始めてみませんか?


執筆者プロフィール)

細野哲央

  • 一般社団法人 地域緑花技術普及協会 代表理事
  • 樹木医 博士(農学)
  • 国立大学法人 千葉大学 客員研究員
  • 損害保険ジャパン株式会社 植樹保険鑑定人

一般財団法人日本緑化センター 樹木医研修講師、樹木医CPDプログラム認定審査部会委員など樹木のリスクマネジメント、樹木医倫理の分野で日本の第一人者として知られ、樹木と人のかかわりを切り口として、多岐にわたる分野の調査・教育業績をもつ。

主催する一般社団法人 地域緑花技術普及協会は、ネクスコ東日本エンジニアリング「倒木リスク点検に用いる判定基準作成」、「樹木精密診断」、千葉県柏市「あけぼの山公園さくら山保全再生事業実施」、「あけぼの山公園さくら山植栽基盤改良工事」、東京学芸大学「大泉地区ヒマラヤスギ並木のリスク管理についての報告書作成」、日本総合住生活株式会社「URあざみ野団地樹木調査」、久伊豆神社「社叢・診断・記録」、「土壌改良」など、多くの事業者の倒木・落枝事故を防ぐための取り組みを支援している。

樹木のリスク管理に関するご相談は下記までご連絡ください。
一般社団法人 地域緑花技術普及協会 事務局
Email: office@stageforgreen.org